石井拓斗(いしいたくと)さんのプロフィール
出身地 | 千葉県 |
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学歴 | 千葉県立安房高等学校→1年間浪人(河合塾津田沼校)→法政大学文学部→早稲田大学社会科学部3年 |
現在の動向 | 学園祭実行委員会のステージ企画担当として活動中。 |
仮面浪人形態 | 前大学の授業と受験勉強を並行 |
予備校 | 通っていない |
アルバイト | なし |
サークル | なし |
親の説得で法政大学に進学するも、早稲田大学のオープンキャンパスで仮面浪人を決意
石井さんは一年間の浪人生活を経て、法政大学(以下、法政)に進学されました。どのような経緯で進学したのですか?
高校の担任が早稲田大学(以下、早稲田)出身で、話を聞いているうちに感化されたのがきっかけで早稲田を志望していました。しかし、現役と一浪時には思うような結果が出ず、残念ながら合格出来ませんでした。
もう一年浪人しようか悩みましたが、妹が居るので親の負担を考えると進学せざるを得ませんでした。また、親と相談した時に「もう一年浪人しても合格できるかどうか分からない。受かった大学に行きなさい」と言われ、モヤモヤした気持ちはありましたが、合格した法政に進学することにしました。
仮面浪人を決意したきっかけは何ですか?
やはり早稲田への想いが断ち切れなかったことですね。法政に通いだした後も、高校の担任の話を思い出したり、浪人時代に早稲田のオープンキャンパスに足を運んだときに感じた熱気が忘れられなくて…。ここで諦めたら絶対に後悔すると思い、仮面浪人を決意しました。
そして、法政への進学を決めた後に「仮面浪人に挑戦したい」ということを親に伝えました。親はもし早稲田に落ちても大学生活を再開出来るようにするために法政の単位を取得する、という条件付きで許してくれました。
法政の授業と受験勉強を完璧に両立させた仮面浪人生活
石井さんは法政の単位をほぼ取得しながら受験勉強をしていました。そんな仮面浪人期間中の生活について教えて下さい。
4月は一人暮らしを始めたこともあって忙しくて勉強出来なかったので、生活が落ち着いた5月から勉強を始めました。5月からは法政の授業にもきちんと出席しながら、独学で勉強しました。
仮面浪人中は法政の授業を受けた後に、大学の図書館で毎日閉館まで勉強していました。始めのうちは大学の授業と受験勉強を両立することに本当に苦労したのを覚えています。大学の授業や予習などに時間を取られてしまい、何でこんなことに時間を取られているのだろう、こんなことしているなら過去問解きたい…と感じることもありました。実際に、浪人時代は1日10時間程勉強できましたが、仮面浪人時代は6時間程しか勉強出来ませんでした。
それでも大学の授業と両立できたのは何故ですか?
親との約束があったからだと思います。先ほど言ったように、仮面浪人を始める際に親と「法政の単位を取る」という約束をしていたので、法政の授業を投げ出さずに頑張りました。
後は勉強法を工夫したこともあると思いますね。平日にあまり勉強時間が取れない分、休日にまとめて勉強するようにしました。そして、浪人時代に不十分だと感じた基礎を徹底的に固めてから過去問などの演習をこなすようにしました。
最終的にはなんとか法政の単位を40単位中36単位取得しながら、念願の早稲田に合格することが出来ました。
大学の単位を取得しながら受験勉強と聞くと、かなり大変なのかなと思いますが、辛かったことは何ですか?
孤独と不安を感じていたことです。
孤独を感じていたのは、大学の友達に勉強していることを打ち明けられなかったからですね。友達には第一志望で入学してきた子も多いので、その友達に「この大学じゃ満足できないから勉強しているんだよ」と言うのはあまりに申し訳なくて、打ち明けられませんでした。友達から「何で毎日図書館行ってるの?」と聞かれても、「資格の勉強だよ」とか「TOEICの勉強してる」と嘘をつく事しか出来なくて…。そもそもサークルに入っていなかったので友達もクラスにしか居なかったこともあり、本当に孤独でした。
また、落ちた時のことを考えての不安もありました。落ちたらモヤモヤした気持ちを抱えながらまた法政に通うことになりますし、大学に友達もあまり居なかったので大学に戻ったことを考えるだけで憂鬱な気持ちになりました。
しかし、そんな状況に陥っても仮面浪人に挑戦すると決めたのは自分で、親との約束もあったので「ひたすら勉強するしかない!」という意志を持っていました。意志はかなり堅かったですね。遊びに行くくらいなら勉強したい、早稲田にどうしても行きたいと思っていました。
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