東洋英和女学院→日本女子大学に仮面浪人で合格したSさん(仮名)インタビュー

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S.Rさんのプロフィール

出身地 東京都
学歴 東洋英和女学院高等部→東洋英和女学院大学人間科学部保育子ども学科→日本女子大人間社会学部教育学科(現在4年)
現在の動向 教員採用試験が終了し、卒業論文作成中。
仮面浪人形態 前大学の授業と受験勉強を並行
予備校 通っていない
アルバイト 学習塾で週1日
サークル なし

附属大学への内部進学後、自分の目標が教師であることを再認識。

Sさんは東洋英和女学院大学(以下、英和)に現役で進学された後、仮面浪人を経て日本女子大学(以下、日本女子)へと進学されています。英和に進学した理由は何ですか?

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もともと小学校からずっと英和の附属校に通っていて、そのまま内部進学しましたが、実は大学は外部に出たいと思っていました。女子校独特の雰囲気が嫌になってきていたこと、高校に比べて英和の大学はレベルが下がってしまうことなど理由は色々ありますが、一番は教員免許の問題です。私は歳の離れた弟の面倒を見ていたこともあって子供が好きで、ずっと教師になりたいと思っていました。特に、特別支援学校の教師になりたかったのですが、そのためには通常の教員免許に加えて専用の免許を取る必要があります。在学中に両方を取得できる大学は私立ではとても限られていて、制度が充実している東京学芸大学(以下、学芸大)に行きたいと思うようになりました。でも高三の時の私の実力では国立に行くのはとても無理に思えて、浪人して挑戦するか諦めて附属の大学に進学するか迷いました。最終的に祖母の強い説得もあって附属の大学に進学しました。私が他大学を受験するということを決めていたため、附属大学の子供学科から推薦はもらえませんでしたが、一般受験で合格しました。その学科で学べることは幼稚園の教育についてですが、一応子供と接することは出来るため進学しました。それでもしばらくは納得できずにモヤモヤし続けました。

一旦は英和に入学し大学生活をスタートしながらも、仮面浪人を決意したのは何故ですか?

進学したはいいものの、正直「自分が居るべき場所じゃないな」と思ったからです。保育の勉強をするほどに「幼稚園じゃなくて小学校の先生になりたい!」という想いが募ってきたんです。保育では遊びを通して教育するという感じなのですが、自分はもっと上の段階で子供の教育をしたいと思うようになりました。そこでゼミの教授に相談したら、「小学校の先生になりたいなら、あなたがいるべき場所はここじゃない。」と背中を押してくださり、夏休みに本格的な受験勉強を始めました。そこで休学という選択肢もあったのかも知れませんが、もし仮面浪人して不合格だった場合のことを考えて、保険をかける意味で大学には通い続けました。単位を取っていないと、英和に残っても教員免許を取れなくなる可能性があったからです。母からは休学して良いと言われていたのですが、その場合でも学費は全額払わなければいけないし、保育の話もまったく興味がないというわけではなかったので、そのまま通い続けました。

仮面浪人することについて、ご家族はどんな反応でしたか?

母は私がやりたいことに挑戦するのを認めてくれて、すごく応援してくれました。受験で辛いときに相談するのもいつも母でしたね。父は「そんなに頑張らなくても…」というスタンスでしたが、受験が近づいてくると段々応援してくれるようになりました。ただ、祖母はずっと「どうして履歴書がきれいなままで大学に行けるのに、受験し直す必要があるの」と反対していました。私は当時の英和の環境では教員の資格を取れないことを伝えたのですが、それでもなかなか同意してくれませんでした。「わざわざ経歴に傷を付けてまですることじゃない」と。いま振り返ってみると、仮面浪人という私の選択は、祖母からしてみれば小学受験で手に入れた私立の女子校という一種のブランドを捨てるように映っていたのかもしれません。

仮面浪人を決意するにあたって、誰かに相談したりしましたか?

自分にとっては浪人することへの不安よりも「いまの環境から抜け出したい」という焦燥感の方が強かったのですが、そんな思いを英和の子に相談するのも気が引けて、本当に仲の良い友達にすら秘密にしていました。12月に仮面浪人していることを打ち明けるまでは、本当に普通に接するようにしていました。でもいざ打ち明けてみたら、「そうだと思った」と言われてしまって(笑)。遊びも断っていたし、察してくれていたみたいです。その時は「小学校の先生にどうしてもなりたいから、英和じゃダメなの」と素直に打ち明けました。その子達は小学校からずっと一緒だった子達で、仮面浪人を知った後もずっと応援してくれました。いまでも時々会ったりしています。

「やりたいことをするため」の仮面浪人生活

Sさんは仮面浪人中も大学に通っていたそうですが、当時の大学生活はどのようなものでしたか?

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毎日朝4時に起きて、6時まで勉強していました。7時半に家を出て日中は大学で授業を受け、18時ごろに帰宅してまた勉強しました。大学と時間帯が被ってしまうので、予備校には行きませんでした。私にとって英和で過ごす時間は息抜きの時間・勉強しなくていい時間で、受験科目ではない保育の話も聞けるので楽しかったです。ただ、保育の授業を聞くたびに「やっぱり保育は私のやりたいことじゃない」と再確認していました。それが受験勉強へのやる気にも繋がって、最終的には「これはやりたいこととは違う!」という想いが溢れて、授業に行かなくなってしまいました(笑)。授業の無い土曜日は日中学習塾で採点のアルバイトをしていました。親に経済的な負担を掛けてしまう心苦しさがあって、自分で賄える分は自分で出そうと思って始めたのですが、もともと子供好きな私にとっては息抜きにもなっていたと思います。

そのような生活を続けていて、辛かったことはありますか?

仮面浪人していることを隠していたので、周りが遊んでいるのに自分は遊べないことが精神的に辛かったです。誘いを受けたときは「ちょっと気が乗らないな〜」とか誤摩化しながら、「いまやることは遊ぶことじゃないんだ…」と自分に言い聞かせて勉強していました。結局ほとんど遊びには行きませんでしたが、周囲に打ち明けられない心苦しさから仮面浪人中は週に一度くらい泣いてました。

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